企画部門と開発部門の足並みを揃えて本当に顧客が求める製品をどう生み出すか?!
企画部門の言うことと、開発部門の主張に隔たりがあることが多いように感じている。お互いの立場の違いを乗り越えて、良い製品を出し続け、企業を成長させていくためにどんなことが出来るかを知りたい。
マーケティングはもはや一部門でどうこうするレベルではないと考えます。企画部門と開発部門が中心になって全社で顧客に寄り添い、顧客が本当に求める製品を生み出し続ける体制を作るために、まずは世の中がどう動いているかを理解し、自社をどのように変革すべきかを考えていきましょう。
本記事の内容
企画部門と開発部門の組織の壁
あなたの会社では、企画部門と開発部門の関係は良好ですか?
30年以上、開発現場を経験してきましたが、正直、企画部門との関係はあまり良いものではなかったように思います。
どちらも会社のため、顧客が喜ぶ製品を生み出すために必死に働いていたのだと思いますが、根本的なところですれ違いがあったのだと思います。
多くの製造業企業では、製品を生み出すためにフェーズゲート的なプロセスを組んでいます。
製品企画は企画部門が責任を持ち、開発は開発部門、生産は製造部門で、販売は営業部門といった具合です。
企画部門は、これから開発を始める製品のコンセプトを製品企画書としてまとめ、それを開発部門に受け渡します。
開発部門は、企画部門がまとめた製品企画に従って製品開発を進めるといった具合です。
上の図のように、企画部門としても製品開発において顧客価値、つまりは顧客の声が最も重要なことは重々理解しているものの、同時に会社の戦略や、特に事業目標の達成に対して大きなプレッシャーも受けています。
良い製品を出したいという使命を忘れることはないものの、どうしても短期の事業計画の達成が優先されてしまいます。
一方、開発部門のエンジニアは、与えられた企画目標を目指し制約条件を克服して製品開発をしていきますが、エンジニアは基本は技術が大好きです。
技術のブレークスルーによって良い製品を開発したいというのが、多くのエンジニアの想いだと思います。
つまり、時間がかかっても良い技術を生み出したい、言い換えると、短期の目標よりも中長期の視点で技術革新を目指すことを大事にしたいと思うわけです。
どちらも間違った考えではありません。どちらも会社のために自分たちが為すべきことを考えた結果なのだと思います。
しかし、この企画部門と開発部門のそれぞれの思惑の違いが、会社にとっては良くない連鎖を生み出しているのではないでしょうか。
企画部門と開発部門のリレーゾーン
企画部門は顧客の言葉、つまりは営業の世界の言葉で製品を語ります。当然ですね。
一方、開発部門は、技術者の言葉で顧客価値を語ろうとします。これはある意味しかたのないことです。
つまり、企画部門と開発部門の不整合は、言語の不一致から来ることもあると思うのです。
企画と開発が同じ共通言語で顧客価値を語れるようになることが、とても大事なことだと思います。
弊社でお勧めしているのは、製品の原理を顧客価値を出発点として、顧客価値と技術の関係を明確化する「因果関係マップ」の活用です。
「因果関係マップ」を企画部門、開発部門で共通の言語にすることで、コミュニケーションの活性化が図れるだけでなく、様々なメリットを開発組織にもたらします。詳しくは別記事「因果関係マップを活用して製品開発革新を加速させる」を参照ください。
ただし、もちろん「因果関係マップ」だけが答えではありません。色んなツールがあるのだと思います。
まず顧客価値、それから技術革新という順序
企画と開発が同じ土俵で良い製品を生み出していくための提案をしたいと思います。
まず、製品開発の真の目的は、”顧客価値を創造すること”ということを企画、開発、そして全社で理解することです。
技術主導、言い換えるとプロダクトアウトで成功した製品がたくさんあることも事実ですが、反面、あまり表には出ませんが、技術主導で日の目を見ずに消えていった製品もたくさんあります。
2010年ころに一時期大流行したものの、その後マーケットから姿を消したデジタルフォトフレーム、性能は高いもののAmazonに完敗したソニーの電子書籍端末、フィリップスが1980年代に完成させた早すぎたデジタルTVなど、技術革新だけでは市場で勝ち残れない事例も多数出てきています。
「技術神話はもう崩壊している」という人もいます。
まずは、市場に顧客価値を提供すること、これが製品開発組織がやるべき唯一のことだと理解するべきだと思います。
製品開発の真の目的は、顧客価値向上によって市場に新しい価値を導くことなのです。
顧客価値を高める製品開発を行うために、弊社で推奨しているアイデア発想の手順は、上図の例のように、まずは顧客価値変数と設計変数を分けて考えることです。
そして、顧客価値を中心に考えることが最初のステップ、次に新しい顧客価値を考えること、最後にでは顧客価値に関連する設計変数、技術変数は何かと考えて、あくまでも顧客価値を高めるために設計変数や技術変数に手を入れるという考え方です。
さらに言うと、では新しい顧客価値変数をどうやって見つけるかということに、マーケティング理論、デザイン思考、あるいは最新のマーケティングの考え方でもあるジョブ理論などの手法を活用していきます。
そして、顧客価値変数と設計変数の関係を前述の「因果関係マップ」で見える化することで、イノベーションを加速することが出来るわけです。
この考え方を企画部門と開発部門が共有して、いっしょに顧客価値向上を目指すことがとても大事だと思っています。
市場環境の急激な変化がマーケティングや開発スタイルを変化させている
「技術神話の崩壊」、つまり製品開発がもっと顧客に寄り添った活動をすべきという客観的な状況証拠があります。
一つは、マーケティング理論の進化で、理論が勝手に進化しているわけではなく、市場環境の変化によってマーケティングの考え方を変化せざるを得ないという事情を表しています。
もう一つは、製品開発スタイルの変化です。
これも、もちろん製品開発における諸問題を解決しなければならないという背景もあるものの、顧客価値を如何に効率的に高めていくかという課題に対する世の中の動きと捉えるべきかと思っています。
マーケティングの進化、及び開発スタイルの変化について詳しくお話ししていきます。
マーケティング理論の進化
マーケティングの神様と言われるフィリップ・コトラーは、マーケティング理論の進化を1.0~5.0という形で定義しています。
これらの理論は、市場環境、企業の競争環境の実情を把握することで、企業が勝ち残っていくために提唱された理論です。つまり、市場環境が変化していることによって変えていくべきものというのがコトラーの提言というわけです。
マーケティングという言葉は、1900年代になってから生まれた言葉で、そういう意味ではまだ新しい言葉なんですね。
T型フォードという自動車が出現したことで使われるようになったとも言われています。
いわゆる大量生産が始まったことで、作れば売れる、つまり売り手主導の世界で、どうやって製品の存在を周知するかという課題と、どうやってコストを下げて収益を上げるかということを考えるツールだったわけです。
そこから様々な業種で、競合が出現するようになって、顧客指向のマーケティング2.0の時代になるのですが、競争市場で勝ち残るために市場を分割(セグメンテーション:S)し、自社のターゲットを決め(ターゲティング:T)、競合との差別化を図って自社の立ち位置を決める(ポジショニング:P)という、いわゆるSTPマーケティングという考え方が広がっていくのですが、実は多くの企業はこのSTPマーケティングの状態で留まっていると言えます。
STPマーケティングは、非常に素晴らしい考え方であって、この考え自体は否定されるものではありませんが、それだけでは競争に勝てないですよ、というのがコトラーのマーケティング理論の3.0以降ということです。それぞれをごく簡単に解説します。
マーケティング3.0は「価値主導」のマーケティングとも言われますが、様々な環境問題、社会問題などが広がる中で、企業は社会貢献と収益確保を両立すべきという考え方で、顧客は精神的な部分で製品や企業に共感していくということろを手掛かりに、企業は顧客から見た企業価値を高めていくことでブランドを確立しましょう、という考え方になります。SDGsの考え方にとても似た考え方だと思っています。
マーケティング4.0は、顧客エンゲージメント、つまり企業と顧客の繋がりをカスタマージャーニーとして捉えていくのですが、特にSNSの発達などによって、口コミによる影響が非常に強くなっていて、企業は製品が買われるまでだけでなく、製品が買われてそこから顧客がどんな反応、口コミをするかまでを追っかけていこうとするマーケティングの考え方です。
マーケティング5.0は、2019年にコトラーが発表したもので、AIやビッグデータ解析など最新のデジタルテクノロジーをマーケティングに組み込んで、顧客体験価値を高めようとする考え方になります。マーケティング業務を出来る限りテクノロジーで置き換え、マーケッターの仕事を人間の主観、経験、勘などに頼らなければならない部分に集中することを目指す、言い換えると人間性とテクノロジーを共存させる考え方になると思います。
マーケティングの進化は、マーケティング自体が変化しているというよりは、市場環境、競争環境、顧客の購買行動、IT技術の変化による人々の考え方や行動の変化に対応するために、必然的に進化しているものと言えます。
つまり、このような進化に追随できなければ、競争から取り残されてしまうことを意味していると思います。
開発スタイル、開発手法の進化
マーケティングの進化とともに、製品開発のスタイル、開発手法も進化しています。
製品開発の変化は、開発プロセスや組織の問題を解決するために変化している側面と、マーケティングの進化と同様に、市場環境の急激な変化に追随しようとしている側面と2つの背景があると思います。
ソフトウェア開発では、従来の製品全体を計画→設計→実装→テストというウォーターフォールモデルと呼ばれる開発手法から、製品全体をイテレーションとかスプリントと呼ばれる小さな開発単位に分割し、小さな開発単位を積み上げる形で開発を進めるアジャイル開発という手法を採用する企業やプロジェクトが広がっています。
小さな単位を積み上げることで、開発途中での何らかの変更があった場合でも対応が容易になり、また、顧客との密接なコミュニケーションによって、顧客が本当に求める要求を達成しやすくなるというメリットがあります。
ソフトウェアのアジャイルに対して、ハードウェア開発ではリーン製品開発という開発手法があり、採用する企業が徐々に増えています。
リーン製品開発手法は、トヨタが実践する開発方式としてアメリカ人の学者によって体系化されたものですが、技術に関する知識、顧客価値に関する知識を小さく分けて、MVE(Minimum Viable Experimentation)という小さな実験による学習を積み上げることで開発を進めていく手法です。(詳細は、「トヨタ式リーン製品開発とは」を参照)
従来の開発は、製品全体でターゲットスペックを達成するための基本構想を一つに固めて、実現方式を一つに絞り製品全体の詳細設計をすぐに始めて、試作機を作り、評価・デバグをしながら修正設計を繰り返すポイントベースと呼ばれる開発手法が主流だと思います。
リーン製品開発は、アジャイルと同様に小さな単位の開発や仮説検証を繰り返しながら、必要に応じて構想内容を修正しながら一歩ずつ開発を進めるので、開発途中での仕様変更、顧客の要求変更に強い方式と言えます。
また、小さな学習結果を顧客とコミュニケーションすることで、開発を進めながら顧客満足度を確認することができ、顧客が本当に求める製品開発を行うことが出来ます。
製品開発手法とは少し異なりますが、起業をする、あるいは新規事業を立ち上げるときに有効な手法として知られるのがリーンスタートアップという手法です。(エリック・リース著「リーンスタートアップ」)
リーンスタートアップは、製品全体を作ってから市場にリリースするのではなく、MVP(Minimum Viable Product)という市場テストをするための最小単位の製品をリリースして顧客の反応を見ながら、ステップを踏んで製品を完成させていきます。
アーリーアダプターと呼ばれる起業家にとっての優良顧客との関係性を使って、小さなステップで市場の感触をつかんでいくことで、失敗のリスクを小さくすることが出来ます。
アジャイル開発、リーン製品開発、そしてリーンスタートアップに共通するのは、最初に製品全体を作らないことと、仮説検証を小さく早く回すということです。
小さく早く回すことで、リスクや無駄を排除するということなのですが、このような考え方をリーンシンキング、つまりリーンな考え方と弊社では言っています。
そして、リーンな考え方での開発が、顧客価値、つまり顧客要求が満たされているかどうかを検証しながら進めていくということで、開発途中でのスペック変更や方針変更に対応でき、結果的に開発期間も短くなるということと、もっと重要なことは、顧客に受け入れられない製品を作ってしまうことがないような開発プロセスになっているということなのです。
マーケティング理論の進化だけでなく、開発スタイル、開発プロセスの変化を見ても、顧客価値向上の重要性が無視できなくなっていることがわかるのではないでしょうか。
関連記事:「リーン開発、アジャイル開発、リーンスタートアップは何が違う?」
顧客との共創、コラボレイティブ・デザインの必要性
マーケティング理論や開発プロセスが進化している背景に、市場環境の変化、顧客行動の変化があることは理解いただけたと思いますが、もう一つ重要な変化は、デジタル技術の急速な進化だと思います。
特にコトラーがマーケティング2.0から3.0への進化に訴求した背景に一つが、IT技術の進歩による企業と顧客間の双方向のコミュニケーションであり、また双方向のコミュニケーションによって起こる共創ということがありました。
またマーケティング4.0では、SNSの普及によってネット上でのインフルエンサーが出現したことで、顧客の購買行動が大きく変わり、特にネット上の口コミが企業収益に大きな影響を与えるようになったことが、マーケティング理論を変化させたと考えられています。
また、デジタル技術の進化は、製品やサービスを複雑化し、もはや単一の製品で顧客満足を高めることが難しくなってきたといえると思います。
そして、顧客との共創、アライアンスパートナーとのコラボレイティブデザインに加えて、開発スピードの競争も激化することが予想され、トヨタのリーン製品開発で行われているコンカレント・エンジニアリングによって、全社で協力して開発スピードを上げることも待ったなしになっていると言えます。
つまり、これからの製品開発で重要な3つの要素は以下の3つ、3つのコラボレイティブ・デザインということです。
- 顧客との共創
- パートナー企業とのアライアンス協業
- コンカレント・エンジニアリング(社内協業)
弊社の提言は、これら3つのコラボレイティブ・デザインの推進を、企画部門と開発部門が中心になって、全社を巻き込んで進めていただきたいということです。
顧客との共創は、顧客との関係性の構築、コミュニケーション・チャネル、及びコミュニケーション・ツールを作る必要があるでしょう。
アライアンス協業は、顧客価値を高めるための事業構造を明確化する必要があります。(弊社はジョブ理論を使ったソリューションマップで事業構造を発見するフレームワークを活用しています。)
そして、コンカレント・エンジニアリングの実践は、リーン製品開発の導入によって同時に実現できるものと考えています。
アジャイル・マーケティング改革を始めよう
ここまで読んでくださった方はもうお気づきだと思いますが、マーケティングを考えるということは、単に製品のプロモーションや売るための仕組みを考えるということに留まらず、市場環境の変化、開発スタイル、顧客やパートナーとの協業など様々なことを含めて考える必要があり、同時に企画、開発、製造、購買、営業など、すべての組織で一体となって作り上げるべき会社の仕組みなのだと思います。
マーケティング理論の進化、開発スタイル/プロセスの進化の背景をしっかりと学んだうえで、多くの製造業事業が市場で生き残っていくために、ぜひマーケティング改革にチャレンジしていただきたいと思っています。
特に、企画部門と開発部門との関係性は、複雑化した市場、ネット社会で変化した顧客行動を捉えて、顧客一人一人の心と精神に届く製品を出し続けるために、互いに切磋琢磨して新たな、そして独自の製品開発体制を築いていって欲しいと思っています。
そのための手掛かりについて少し触れておきます。
フィリップ・コトラーのマーケティング5.0では、以下の5つの構成要素からなっていると言われています。
- データ・ドリブン・マーケティング
- 予測マーケティング
- コンテクスチャル・マーケティング
- 拡張マーケティング
- アジャイル・マーケティング
ここでは、それぞれの説明は省略しますが、弊社からおススメしたいのは、「アジャイル・マーケティング」からマーケティング改革を始めて欲しいということです。
顧客との関係性、顧客価値に関する小さな単位でのリアルタイム分析、製品開発への応用、これらの仮説検証サイクルを小さく早く回すための、柔軟な製品プラットフォーム、並行検討プロセス、分散化チーム構成、そして外部との連携を強化するオープンイノベーションなど、リーンな考え方を製品開発プロセスに導入するための基本構成要素をしっかりと理解した上で、自社で実践してみてください。
アジャイル・マーケティング改革について、もっと理解を深めたいというご要望があれば、ぜひ弊社までお問合せください。
この記事を気に入ってくれたら、下の”いいね”ボタンをお願いします!!