リーン製品開発手法を主導できる優秀なプロジェクトマネージャーをどうやって育成する?!
トヨタのリーン製品開発は、開発期間短縮、イノベーションの加速など様々な良い結果をもたらしてくれますが、この手法を深く理解し、自社の製品革新を主導して、かつプロジェクトを成功させることができるプロジェクトマネージャーは、どうやって組織として育成すべきかを知りたい。
トヨタの開発には、60年間継承されているチーフエンジニア制度によって、ヒット商品を生み出し続けるカリスマリーダーが存在しています。
トヨタのチーフエンジニアのようなスーパーマンと行かないまでも、自社の製品開発の課題を解決し、プロジェクトを高い確率で成功させることが出来る優秀なリーダー、プロジェクトマネージャー(PM)を育成する秘訣をお伝えします。
本記事の内容
プロジェクトマネージャー(PM)の育成がうまく機能しない3つの理由
プロジェクトマネージメントの良し悪しが、プロジェクトの結果に大きく影響を与えることは疑いようがありません。
しかしながら、プロジェクトマネージャー(PM)のスキルとはどういうもので、どうやってスキルアップするのか?というようなことを組織として認識できていないケースも多いように感じています。
もちろん、たまたま一人の優秀なPMが表れて、その人が担当するプロジェクトに限っていつもうまく行くというようなことも、開発現場ではしばしば起こることがあります。
人に依存する部分は大きいかもしれませんが、トヨタのチーフエンジニアのように、60年にも渡って、伝統が受け継がれるように優秀なリーダーが育っていくというケースも現実にあるわけで、組織として優秀なプロジェクトマネージャー、あるいはリーダーを育成するための秘策は必ず存在するはずなのです。
では反対に、組織全体としてプロジェクトマネージャーやリーダーの育成がうまく行かない理由は何なのでしょうか?
国内外、様々な業種の製造業で、プロジェクトマネージメントの実態を見て来た経験から、以下の3つがPM育成を阻んでいると考えます。
- 成功させるために何をすべきかを知らない
- PMとしての資質を評価せずに指名している
- 見本となる背中が見当たらない
では、一つひとつについて詳細に見ていきます。
1.プロジェクトを成功させるために何をすべきかを知らない
プロジェクトマネージャー(PM)育成がうまく行かない一つ目の理由は、プロジェクトを成功させるためにPMとしていつ何をすべきかを良く知らないことと、反対に、失敗しないために何をしてはいけないかを学んでいないことだと思っています。
企業によっては、製品開発プロセスが標準などで規定されていて、プロジェクトマネージャー(PM)の責任範囲やプロセスごとの役割などが規定されているケースもあるのですが、実際にプロジェクトマネージャーに指名された人たちは、標準をしっかりと読みこんで仕事に当たるわけではなく、慣例にしたがって、従来通りのやり方をしようとします。
さらに、多くの製造業での開発は、既存製品をベースとした製品開発がほとんどであるため、過去に使った資料等を流用することが多く、ゼロベースでプロジェクトを立ち上げる経験をしたことがないPMがほとんどという状況になり、プロジェクトのプロセスを完全に把握していないケースも多いのです。
さらに、どのタイミングで何をするのか、PMとして何を決断してチームをリードしていくのか、ということも過去の慣例から見出していきます。
企業によっては、プロジェクトマネージャーとしての知識をつけさせるために、米国のPMI(プロジェクトマネージメント協会)が出しているPMBOK(Project Management Body Of Knowledge)を学ばせて、プロジェクトマネージメントのプロセスやロールモデルを学ばせたりします。
PMBOKを学ぶことは非常に良いことだとは思いますが、PMBOKはプロジェクトを理想化して、すべての項目を細部に至るまで解説したガイドです。
PMBOKの中にも書かれていますが、これらすべてを実際にやるのではなく、必要な内容をテーラリング(必要に応じてカスタマイズ)して活用する、というのがPMBOKの本来の目的なわけです。
要するに、PMBOKの内容をそのまま現場で展開しようとするのではなく、現実の世界の問題点や課題をPMBOKを参考にして改善したり、補完したりすることが大事なわけです。
そのように考えると、プロジェクトマネージャー(PM)候補者が真っ先に学ぶべきは、そもそも自社の現実のプロジェクトの問題は何かを理解する、ということなのです。
歴史的にその企業のプロジェクトマネージメントがうまく行っているのであれば、なぜうまく行っているのかということを知ること、そして過去のプロジェクトで問題が多発していたり、課題がたくさんあるのであれば、それは何故なのかを組織として理解し、過去から学んで次に生かすための教育が必要なのだと思っています。
自社のプロジェクトマネージメントにおける課題を理解した上で、PMBOKやトヨタのチーフエンジニア制を学んで、では自社のプロジェクトマネージメントをどうやって改善していくか、ということをPM、及びPM候補者全員が考えてから、実際にプロジェクトに当たるという仕組みが必要なのだと思います。
プロジェクトのフェーズは、立上げ→計画→実行→終結という4つのフェーズ(プロセス群)と、計画と実行を監視するプロセス群で成り立っています。(PMBOKガイドより)
それぞれのフェーズで、PMとしていつ何をすべきなのか、重要な決断はいつ、どんなインプットを使って行うべきなのか、やってはいけないことは何か、など、かなり大事なTipsがあるはずです。
これらを過去の慣例、身近な人たちの経験からだけから見出そうとすることに無理があるのだと思います。
2.PMとしての資質を評価せずに指名している
2つ目の問題は、PMとしての資質です。
多くの企業では、開発技術者としての経験を重んじてPMを指名するケースが多いのではないかと思っています。
確かに、製品開発のプロジェクトですから、製品開発の経験やノウハウは非常に重要なのですが、プロ野球などのプロスポーツの世界でも、「名選手、名監督にあらず」という言葉があるくらい、製品開発においても開発者として優秀だった人が、PMとして優秀になるかどうかは疑わしいと思っています。
どこの会社も優秀な人材は限られています。PM以外にも優秀な人は使いたいですよね。
バランスが大事なのですが、開発者としての優秀さと、PMとしての資質は出来れば分けて欲しいと思っています。
では、優秀なPMになるには、どんな資質が必要なのでしょうか?
別記事(「優秀なプロジェクトマネージャーを継続的に生み出す方法」)でも書いていますが、大きく言うと、コミュニケーション能力とポジティブに仕事に取り組む姿勢です。
当たり前じゃないかと言われるかもしれませんが、実はそうでもなくて、例えばコミュニケーション能力では、他人の話を聞いて、瞬時に相手の言いたいことを正しく理解する力は、結構バラついています。
有りがちなのは、わかったような気になって、実は良くわかっていないということです。
話を聞いた後に、どんな反応、あるいは質問をするかで、その人の聞く力というのは判断できます。
また、無駄な話の多い人、すぐに本質的な話から逸れてしまう人は要注意です。反対に、誰かが無駄な話をしたり、話が逸れてしまったりしたときに、それを修正できる人がコミュニケーション能力の高い人だと言えます。
仕事に対する姿勢については、注意したいのは、出来ない理由をたくさんいう人です。いわゆる評論家タイプの人はPMには絶対に向きません。
常に新しいことを取り入れたり、難しいことも前向きにしようとする姿勢があることが大事なのです。
別の言い方をすると、以下のような潜在能力を評価したいと思っています。
- ロジカルシンキング
自身の思い込みを理解し、それを排除して本質を見極める力 - アイデア発想力
高い視点と現場視点を切り替えて、広い視野で類似性からアイデアが発想できる力 - マーケティング力
社内も社外もすべての関連者はお客様、自分視点と相手視点とを切り替える力
3.見本となる背中が見当たらない
3つ目は、追いかけるべき背中の存在です。
元トヨタでチーフエンジニアをやっていた北川尚人さんは、その著書「トヨタ チーフエンジニアの仕事」の中で、チーフエンジニアを育成する特別なプログラムがあるわけではなく、基本はOJTなのだとおっしゃっています。
そして、とても大事なことは、歴代のチーフエンジニアの人たちの背中を追っていることが大きいともおっしゃっています。
過去の慣例を追いかけるのと同じで、標準をしっかり読み込むことよりも、歴代の人たちの軌跡を追いかけるというのが自然のことなのかもしれません。
そして、歴代の人たちの実績が、追いかけるのにふさわしいかどうかが大きな問題なのです。
プロジェクトマネージャーの育成に困っている企業の状況を見させていただくと、多くの場合に、この目指すべき背中の存在が見えない、あるいはかつてはあったのが、遠い昔の話になってしまている、というケースが多いと感じています。
トヨタの研究を進めていると、トヨタの強さの秘密は初代クラウンで主査(チーフエンジニア)を務めた中村健也さんのDNAが、様々な人たちの努力も積み重なって、脈々と引き継がれていった結果なのだと思わざるを得ません。
多くの企業で、カリスマ的なリーダーによる成功物語をお聞きすることがありますが、その背中をきちんと継承できたかどうかで、その企業の状況に違いが出てくるようにも感じています。
プロジェクトマネージャー、あるいはリーダーとしてのワザを継承していくためには、まずは、目指すべき背中があって、その背中を追い続ける仕掛けが必要なのだと思います。
参考記事:「トヨタのチーフエンジニア制度から読み解く強い開発リーダーの育成法」
プロジェクトの不確実性に対抗するリーン製品開発とCCPM
プロジェクトマネージメントの課題について議論するとき、忘れてはならないのはプロジェクトの不確実性についてです。
”リスク”という言葉で言い換えられるかもしれませんが、「不確実性」の方が捉えている範囲は広いかもしれません。
トヨタの初代チーフエンジニアである中村健也さんの語録にもありますが、「うまく行くかどうかわからないから開発するんだよ」という言葉があります。
つまり、開発とはわからないこと、不確実なことへの挑戦(チャレンジ)だということなのです。
製品開発は不確実なことの塊と言ってもいいと思います。
- 市場要求、顧客ニーズに関する不確実性
- 競合他社の動向に関する不確実性
- 自社の開発、技術完成度に関する不確実性
- 目標コストへの到達度に関する不確実性
- 開発日程、納期に対する不確実性
などが挙げられます。
しかしながら、この不確実性に対する感度は、企業の状況によって大きく変わってきます。
安定した既存事業を事業基盤としている企業は、既存製品の持続的改善によって収益を確保するケースが多いと思いますが、既存製品のマイナ―チェンジ開発は不確実性は極力ないものと考えます。
できるだけ不確実性を無くすことを前提に開発計画を立てることもありますが、何よりも事業計画を達成するという上層部からのプレッシャーが、不確実性の存在を打ち消そうとします。
当たり前のことですが、既存製品の拡張は、製品のライフ期間もそう長くはないので、市場要求からも不確実性を許容できなくなる圧力がかかります。
つまり、本来は新たなチャレンジをするために、製品開発は不確実性と戦って打ち克つことで大きな利益を目指すのですが、目先の収益を確保することを優先したオペレーションでは、不確実性を軽視するような風潮が生まれます。
実際に不確実性がしっかりと克服されていれば問題ないのですが、マイナーチェンジであったとしても、どんな開発においても不確実性は存在します。
そして不確実性を軽視したことによって、結果的には品質問題が多発し、日程遅れが常態化していきます。また、新しいコンセプト製品を生み出す能力が組織からなくなっていくのです。
プロジェクトの不確実性を克服するのは、日程マージン(余裕分)を取ることです。
しかし、上層部のプレッシャー、市場要求が日程マージンを許さない。だから不確実性が軽視される傾向が生まれる、というのが実際に起きていることです。
リーン製品開発手法による不確実性へのチャレンジ
プロジェクトの不確実性を克服し、上層部や市場の日程プレッシャーにも対応できる方法の一つがリーン製品開発手法です。
トヨタが実践し成功しているとい言われているリーン製品開発手法の詳細については、別記事「トヨタ式リーン製品開発とは」を参照ください。
リーン製品開発手法は、「知識」ということを開発システムの中心に据える考え方です。
「知識」には、新たに生み出す「知識」とこれまでに組織内に蓄積された「知識」の2つがあって、リーン製品開発は、これらの「知識」を最大限に生かすシステムと言えるわけです。
そして、新たな「知識」を生み出すためのセットベース開発は、未知の知識、つまり不確実な事柄を取り上げて、それをMVE(Minimum Viable Experimentation)という小さな実験によって、学習することで新たな「知識」として獲得していきます。
わからないこと、組織内にない知識を、MVEによって小さく早く学習サイクルを回すことによって、必要な「知識」を積み上げることで製品開発を進めて、手戻りがない開発にすることができます。
まさに不確実性(≒未知の知識)を克服するための開発プロセスと言ってもいいと思います。
リーン製品開発の重要要素は、
- チーフエンジニア制度
- セットベース開発
- A3報告書
の3つになるのですが、チーフエンジニアは、開発システムだけでなく、対象製品のバリューチェーン全体を統括するプロジェクトマネージャーであり、新たな知識を積み上げるセットベース開発と、組織内の知識を利活用できる仕組みであるA3報告書を使いながら、製品開発を主導していきます。
不確実性を克服できる開発システムであるリーン製品開発を展開し、その開発システムのもとでプロジェクトマネージャーを育成することが、実はもっとも効果的な育成方法であり、かつ、企業の製品開発の様々な課題を同時に克服することができると考えています。
CCPMの導入による不確実性へのチャレンジ
TOC(制約の理論)を発案したエリヤフ・ゴールドラット博士は、TOCの考え方を拡張することで、クリティカルチェーン・プロジェクトマネージメント(CCPM)というプロジェクト管理、日程管理の手法を編み出しました。(エリヤフ・ゴールドラット著「クリティカルチェーン」参照)
簡単に原理を説明すると、プロジェクトに関するタスクに必要な日程を予測するときの計画のバラつきは、正規分布ではなく、短くなる場合のバラつきは小さく、長くなる方はロングテールのような分布、つまりベータ分布と呼ばれるバラつき方をします。
このバラつきがまさに不確実性なわけですが、この不確実性に対処するためには本来的には大きなマージンを取る必要があります。
人間はこのことを直感的に理解しているので、個人個人の日程を見積もる時、及びプロジェクトのリーダーが全体日程を見積もる時に、自身を守るためにそれぞれが大きなマージンを取る習性があります。
これがまず一点目のプロジェクトの日程管理における問題です。
さらに、実際のプロジェクトの実行フェーズになったときに、以下のような問題があり、プロジェクトは計画よりも早まることはなく、遅れだけが確実に伝搬するという特性を持ちます。
- 一人一人のタスクは、納期が迫ってくるまでタスクの処理を怠けてしまう傾向がある。(夏休みの宿題症候群)
- タスク1からタスク2へ連携するときに、タスク1が早く終わったことがタスク2へ伝達されにくい。(タスクの従属関係)
- 作業の掛け持ちで、複数のタスクを少しずつこなすことで、段取り時間のオーバーヘッドで遅延する。
人間の心理的な問題が大きいのかもしれませんが、一人一人の日程見積もりを積み上げて、それぞれの裁量で進めると、一つ一つのタスクにどれだけマージンがあっても、マージンが無駄に消費されてしまい、プロジェクトは遅れることはあっても、絶対に短縮されないというメカニズムになっているということを解決するのがCCPMというわけです。
具体的には、下図のように、タスクごとに持っているマージン(バッファ)を取り上げて、プロジェクトマージンとして一括管理することで、そもそも大きすぎるマージンを小さく出来ることと、プロジェクトマネージャーが一括管理することで、個々の心理的な問題を克服できる考え方になります。
CCPMによるプロジェクト管理は、考え方は非常にシンプルでわかりやすいものですが、実際に導入して成果を挙げるには、プロジェクトマネージャーがこの管理手法を熟知していることと、プロジェクトメンバー以外の理解と協力が不可欠です。
しかしながら、この考え方を組織全体で理解することは、非常に効果的であり、またプロジェクトマネージャーがこの管理手法を修得することは、まさに不確実性をどう扱うかということを深く理解することに繋がります。
リーン製品開発を主導できるプロジェクトマネージャーの育成
現状の製品開発プロジェクトが何となくうまく行っていない。
そして、それはもしかするとプロジェクトマネージメントの質の問題かもしれない。
ということであれば、
- リーン製品開発、CCPMの導入
- プロジェクトマネージャーの実践教育
というところを同時に進めてみるべきと考えます。
過去のプロジェクトの課題分析によるプロジェクトマネージャー教育
フューチャーシップが提供するプロジェクトマネージャー教育は、対象企業の伝統的なプロジェクトマネージメント手法について、客観的に分析し、組織内では当たり前でありながら、トヨタなどの成功企業との差異や本質的な課題をプロジェクトマネージャー候補といっしょに深掘りし、本来あるべきプロジェクトマネージャーとしての行動指針や、不確実性の中でのDecisionのしかたなどを実践レベルで学ぶ育成プログラムです。
プロジェクトマネージメントの知識体系(例えばPMBOKなど)を学ぶことも意味のあることではありますが、知識だけではプロジェクトを成功させることは出来ません。
また、机上の理想的なプロジェクトマネージメントではなく、成功企業の実態、自社の課題の振り返りなどを、候補者本人が自ら考えることで、自身の行動規範を劇的に変化させることが出来ます。
現状分析は、TOC(制約理論)の思考プロセスを使い、組織課題を構造化しながら根本的な課題を掘り当てていきます。
実務レベルと並行して進めることによってOJTとして進めることも可能となっています。
フューチャーシップは、リーン製品開発の導入支援を専門に企業支援を行っております。
また、エンジニア向け社内研修、プロジェクトマネージャーの実践研修なども提供しています。
プロジェクトマネージャーの育成でお困りであれば、ぜひご相談ください。
参考情報:
お気軽にご相談ください。
この記事を気に入ってくれたら、下の”いいね”ボタンをお願いします!!