アメリカのミシガン州アナーバーというところにメンロ・イノベーションというソフトウェアの受託会社があります。

この会社、今ではテレビなどでも紹介される有名な会社で、ひっきりなしに見学者が訪れているそうです。
いったい何が有名になる原因かというと、その経営理念、経営方針に基づく社員の働きかたがとてもユニークだということです。

ソフトウェア受託会社というと、日本ではすこしブラックなイメージがあって、長時間残業は当たり前で、いつも納期に苦しめられ、焦って作ったソフトはバグをたくさん残して市場品質問題に追われている、というのが多くの人のイメージではないかと思います。

でも、この会社は、普通の会社がやることとまったく違うことをやって、でも残業はまったくないし、いつも顧客満足度の高いソフトウェアを作っていて、収益もきちんと出ているという何とも不思議な会社だということです。

アメリカで行われたリーン開発の国際会議で基調講演の壇上で、メンロ・イノベーションのリッチ・シェリダン社長は、

「私が目指しているのは、「よろこび(Joy)」という言葉絵表せる経営だ。ソフトウェア業界はたびたび人間を破壊する。週に60~80時間働き、納期を守るために家族といっしょに過ごす時間を犠牲にし、休暇を中止するなんてことが当たり前の世界になっている。
また、そんな状態で作ったソフトウェアが日の目を見ないことだってある。年間7兆円もかかって作ったソフトウェアが日の目をみない、家族を犠牲にして開発してきたプロジェクトがある日突然中止になる、というようなことだ。」

シェリダン社長は、「でも私たちは違う。」と言って、メンロ・イノベーションの説明を始めました。要約すると以下のようになります。

会社全体がひとつの大部屋になっていて、社長の座る席は社員が決める。朝出社するとまず今日は自分のパソコンがどこにあるかを探して席について仕事を始める。
わが社には必要なシンプルな決まりがある。
たとえば、プログラムの概要は一枚のカードに手書きで書くのが決まりになっていて、このカードを書かない限りどんな仕事を始めてはならないという決まりがある。
でも、たったこれだけのことが想像を超えた威力を発揮する。
普通の会社では、会議で誰かが仕事の計画についてプレゼンをし会議でオーソライズされる。でも会議の後、誰かが寄ってきて「とってもいい計画だね、でもひとつ追加してほしいんだ。XXを来週の水曜日までにお願いできるか。」
この立ち話で、その担当者のすべての計画(プライベートも含め)が破壊されてしまう。

わが社の目的は「よろこび」だが、これは単に社員のよろこびにとどまらず、それを社外、社会にまで広げている。
顧客の要求するソフトウェアを、納期通り、見積もり金額以内で開発するというメインの目的だけでなく、ユーザーが喜んで使い、社会で広く使われ役に立っているというところまで目的を広げている。

ソフトウェア業界では、開発されたソフトのおよそ半分が使われない。ウィンドウズ・ヴィスタなどがいい例だ。
一兆円の予算をかけたのに、評判が悪く、多くの人たちがXPに戻っていった。

わが社ではエスノグラファーという職種を使って、エンドユーザーを徹底的に観察することで、使ってよろこびを感じてもらえるソフトを開発している。エスノグラファーはプロの観察者で、エンドユーザーが実際に働いている現場へ出かけて行って、深くユーザーの行動を観察して顧客も気付かない潜在ニーズを探りだす。

メンロでのコミュニケーションにはeメールなどの電子的な方法はいっさい使わない。
私たちはアジャイル手法を使っているので、毎週開発したソフトを顧客に渡すが、そのときには、顧客にわが社に来てもらい、私たちが出もするのではなく、顧客に私たちが開発したソフトをデモしてもらう。
これによって、ソフトの買手である顧客と開発側のわが社との関係が劇的に変わる。
そして次に私たちは、顧客に次の一週間の計画を作成してもらう。そのために今後一週間に顧客が必要になると思われる機能の開発に必要な時間を見積もって、それをその時間に応じて高さが異なる紙を用意しておく。
顧客は週あたり32時間ある工数に、これらの機能を割り当てていく。
ほとんどの場合、顧客が希望する機能がすべて入りきれないから、顧客は機能間で優先順位を付けざるを得なくなる。
これで、次週たやることは明確になるが、普通のやり方であれば、アクションアイテムは決まるものの、精神論で全部やるんだとなっているだけで、実際には見積もり通りに進まない。
この方法によって、わが社の社員は週40時間しか働かないので残業はいっさいしない。何よりの福利厚生だ。

メンロの社員は全員ペアで仕事をする。プログラマーも、品質保証もエスノグラファーも皆同時に同じ仕事を話し合いながら進める。
これは学習する組織になるためだ。
IT業界では社員全員が毎日学び続けなければ生き残れない。
一握りの社員が会社の命運を左右するような知識を独占しているのが普通の状況だがメンロは違う。
ベテランが若い社員に教えるだけでなく、最新の情報を知っている若手からベテランに教えることもハイテクの世界ではたくさんある。

メンロでは非常に効果的な開発手法を実践してる。
自動ユニットテストというこの手法は、プログラマーがコーディングをする前にテストプログラムを書くという方法だ。
実はこの手法は30年以上前から知られているが、実践し続けている会社はほとんどない。
わが社では7年間継続的に機能追加を続けているソフトがあるが、新しいソフトを開発するごとに過去に開発した2万個以上のユニットテストを自動的に行うため、ソフトの欠陥を確実に検出できる。

シェリダン社長の話は以上ですが、私の友人がこの会社を訪問しており、そのときの情報も色々と持っている。
いろんな驚きがあるが、よくよく考えてみると、すべてが本来やるべきことであって、長年かけて効率ばかりを追い求めて、逆に非効率、カオス、非人間的な世界をつくってしまったソフト業界を、もとの自然な「本質」に戻すことを愚直にやった結果のようにも思えます。
いろんなことが、理屈ではわかっていても、既存組織のしがらみなどで変革を越せない多くの企業にとっては、本当にいい見本になるように思います。