製品開発の現場に抱える課題、日程遅れ、品質問題多発などを第一優先で解決したい。でも上司は...?
製品開発の現場は疲弊している。品質問題に追いかけられ、結果、日程遅れが常態化している。人が足りないのか?あるいは人の質の問題なのか?もしかすると開発のやり方そのものにも問題があるのかもしれない。何とか早めに手を打って、競合他社に負けない強い製品を生み出せる体質に変えたい、という想いを上司にぶつけてみたが、上司は全く違う売上拡大のためのさらなる効率化のことを気にしているようだった。上司と現場の問題意識を合わせる方法を知りたい。
製品開発の現場に限ったことではありませんが、様々な職場で現場の問題がトップに伝わらないということが起きています。
正確に言うと、全く伝わっていないわけではなく、トップは別の問題意識を持っていることがあります。
現場で日々苦労している人たちにとっては、問題点は明確で、皆同じ考えのはずだと思っていても、実は問題の捉え方は現場の中でも違いがある場合もあります。
みんな同じ思いだというのは、実はその人の”思い込み”であることが多く、問題を正確に捉え、それを上司を含めて全社で共有し、同じ問題意識にシンクロしていくという作業を省略してはいけないということです。
TOC(制約の理論)の教えの一つである”抵抗の6階層”は、問題認識は組織内で必ずしも一致していないことをはっきりと示していて、TOCの思考プロセスは、この組織内の意識のズレを一歩ずつロジカルに合わせていく方法を教えてくれています。
本記事の内容
組織内の抵抗の6階層による問題意識のズレ
「問題は明らかだ!!
日程が短すぎる。そして短納期を要求しているのにリソースは十分に充てがわれない。このままでは現場のモチベーションが下がってさらに生産性が低下する。
まずは、人を増やすか、プロジェクトの数を減らして、一つひとつのプロジェクトの質を上げていかないと、現場が破綻する」
開発部門のA係長は、こんな思いを抱いて事業部長報告会に臨み、自分たちが考えた改革案を報告した。
しかし、、、
事業部長の反応は、全く予想もしないものだった。
「皆さんのお陰で、わが社の業績はまずまずの状況だ。この場を借りてお礼を言いたい。
しかし、競争環境が今後厳しくなっていくことはわかっており、今までよりもっと良い製品を継続して出していかなければならない。
現状、皆さんが日々苦労していることは理解できる。
しかし、この状況を打破するためにも、新しいコンセプトの製品を出し続けられるよう、技術革新を続け、そこからアイデアを具現化する開発プロセスを作り出して欲しい。」
A係長たちの提案は却下され、さらに技術革新に根差した新しいコンセプト製品を生み出すための開発プロセスを提案せよ、という宿題をもらってしまった。
上の例文のような話は、実は良くある話なんだと思います。
現場が大変なのは理解する。しかし、もっと利益を上げるために出来ることを考えて欲しい、というようなことですね。
つまり、現場とトップとの間で、問題意識が少しずれているのだと思います。
どちらが良いとか悪いとかではなく、それぞれの立場で見ている景色が違うのかもしれません。
TOC(制約の理論)では、このような状況を”抵抗の6階層”と呼んで下記のように定義しています。
- 対応しようとしている問題を問題として認めない
- ソリューションの方向性に同意できない
- ソリューションが問題を解決するとは思わない
- このソリューションは、もし実行するとマイナスの影響を引き起こしてしまう
- 提案されているソリューションの実行を妨げる障害がある
- その結果起こる未知のことへの恐怖感
例文では、事業部長は現場が大変なことはある程度は認めているのかもしれませんが、日程が厳しすぎる、あるいはリソースが足りていないことで現場が疲弊しているという問題については、あまり関心がないようです。関心がないというよりは、もっと大きな問題を見ていると言った方がいいかもしれません。
さらに、リソースを増やす、あるいはプロジェクト数を減らすというようなソリューションの方向性にはまったく同意していないということだと思われます。
この例では、マイナスの影響、障害、あるいは未知への不安などは該当しないようですが、問題の提起、そして解決策についての提案をするときに、6つの階層のいずれかによって、提案が通らないことは、本当によくあることなのだと思います。
もちろん、抵抗する側の問題だけでなく、提案する側にも問題があります。
TOCの思考プロセスは、この抵抗の6階層を突破するためには丁寧に説得する必要があるということを前提に、ロジカルに確実に説得する方法を示しています。
そして、なぜ抵抗の6階層ということが組織内で起きてしまうのか?というと、2つの原因があると考えています。
一つ目は、現場、あるいはトップでも、それぞれの立場で”思い込み”ということが相互理解を邪魔していると考えることができます。
「そんなことは当たり前だろう」という自分側の意識が、丁寧な説明、あるいはロジカルな説得を省略していないかということを自問してみてください。
もう一つの原因は、問題の本質が捉えられていない、ということだと考えられます。
表面的な現象と、その現象を抑えるための短絡的な解決策では、人を説得することは難しいと言わざるをえません。
ましてや、違う景色を見ながら違う問題意識を持っている相手を説得するのですから、なおさら困難ということだと思います。
問題を構造化することで問題の本質を捉える
問題解決の落とし穴
A係長の例だけでなく、組織内での問題解決の取り組みには様々な問題点があるように思っています。
すべての組織に当てはまることではありませんが、多くの組織で陥りやすい落とし穴が潜んでいるように思います。
下記4つの落とし穴について考察してみたいと思います。
- 問題の本質を追及しない
- 施策の進捗を評価することに専念し、最終目標を見失う
- 施策そのものを疑わない
- 時間軸を忘れた成果への期待
一つずつ見ていきましょう。
1.問題の本質を追及しない
起きている現象だけで問題を捉えようとすると、なぜその問題が起きるのかという真の原因が見えなくなることがあります。
起きている現象を抑えることに意識が集中してしまうことで、問題の本質を見逃してしまうのです。
例えば、品質問題が多発するという問題に対して、「では、品質チェック体制を強化しよう」というように考えることがあります。
これは、品質問題が表沙汰になる前に問題を発見して修正しようという考え方になり、問題の発生を食い止めるという本質的な解決策よりは少し後手を踏んだ対応になります。
なぜ、本質的に問題の発生を食い止めるという発想ではなく、チェックによって発見しようとするかというと、現象を抑えることの方が手っ取り早いからと考えられます。
なぜ問題が生み出されるか、という真の原因を追究するのは、それなりに深い分析や考察が必要になります。
本能的に、複雑な分析や考察という仕事を避けて、手っ取り早く現象を抑えようとする心理が働いてしまうのだと考えられます。
2.施策の進捗を評価することに専念し、最終目標を見失う
問題の本質を追及しないことと似ていますが、現象を抑えるような施策を打って、その施策の進捗ばかりに目が行き、施策の展開状況の評価に専念してしまって、肝心の問題の解決レベル、つまり問題解決という最終目標をいつの間にか見失っているケースがあります。
品質問題が多発しているという問題に対して、チェック体制の強化を考え、デザインレビューの強化を施策として採用したとします。
どの程度の頻度でデザインレビューを行うべきか、デザインレビューでどんなことが発見できたか(指摘事項が何件くらいあったか)などを管理項目として、デザインレビューの展開状況をウォッチするわけです。
年度目標として、品質問題の多発というテーマが取り上げられているのですが、年度末にはデザインレビューが何件実施され、そこで何件の指摘が挙がったかが報告され、肝心の品質問題がどの程度減少したかを見失ってしまうことになります。
年度ごとの方針管理で、毎期、重要問題に対する施策が挙げられ、それらの施策は非常にうまく展開されているのに、何年経っても重要問題に関する状況はあまり変化していない、ということが実際に起こっています。
3.施策そのものを疑わない
問題が認識されて、それに対する対策、施策が提案されたとします。特に上層部から施策が提起されると、その施策に対して議論されたり反論される機会はあまりありません。
上層部に対しては、抵抗の6階層は働かないのです。
そして、上層部から提起された施策が本当に問題を解決するかどうか、副作用はないのか、そして施策を実施することに障害はないのか、などが深く議論されることなく、施策の実施が決定事項となるのです。
もちろん、これでもうまく行くケースもあるかもしれません。
しかし、十分な効果が出なかったり、副作用によって他の問題が発生してしまったり、障害によって施策の実施が思うように進まなかったりしても、年度末には、簡単な分析が行われるだけで、施策決定プロセスまで踏み込んで反省することはなく、同じ失敗を繰り返していきます。
4.時間軸を忘れた成果への期待
起きている問題を根本的に解決するためには、ある程度の時間が必要な場合が多いと思います。
もちろん、手を打つことですぐに問題が解決できる場合もありますが、少しずつ状態を良化しつつも、本当の解決までは数年かかってしまうような深い問題もあります。
それらをすべて同じ条件で見てしまうと正しい改革になりません。
組織問題の多くは、組織の改革を進めて良い変化を起こしていく一方で、少しずつ副作用のようなことが起きて、負の変化がゆっくりと長い時間をかけて進行し、やがて顕在化することで起きています。
例えば、開発の効率化を目指してマトリクス組織を強化することで、複数の製品ラインナップを効率的に開発できるようになり、経営的には効率化が成功するわけですが、一方で、一人一人の開発分担が小さくなり、同じ専門領域の人たち同士中心の交流が重視される状況が長く続くことで、製品全体について理解できるエンジニアが減少していき、組織としての問題解決力が低下するようなことは、実際に多くの企業で起きています。
何か施策を打つ、つまり組織に変化を与えることで、何かを変えようとすると、変えようとしたこと以外のことも変わってしまうことがあります。
組織問題に対処するということは、狙いの変化だけでなく、様々な変化を時間を含めて読み切ることが大切なのです。
問題を構造化することの効果
問題の本質を捉え、正しく短期間で問題解決するには、問題の構造化が非常に役立ちます。
そして問題の構造化をするためには、組織内で起こっている現象を一つ一つ丁寧に見ることと、それらの起きている現象同士のつながりを検証していくことが重要となります。
そして現象間の繋がりを見るためには、
- その現象はなぜ起きるのか?(原因側の連鎖)
- その現象の結果、次に何が起きるのか?(結果側の連鎖)
の2つの方向で繋がりを見ていきます。
そして、問題を論理的に構造化し、分析した結果で上司を含め、組織内で問題の本質を共有化することができるようになります。
ここでは、問題を構造化するとはどういうことかを解説していきます。
1.その現象はなぜ起きるのか?(原因は何か?)
例えば、「品質問題が多発している」という現象が起きているとします。
その原因は何か?と考えるとき、例えば「チェック体制が甘いから」などと一つの原因を挙げて満足しないことが大切です。
「チェック体制の弱さ」というのも、一つの原因かもしれませんが、本当にそれだけなのか、他の原因はないのかを深堀りします。
そして、原因となることが挙げられたら、それに対してもその原因を追究していきます。
「なぜその現象が起きるのですか?」という質問で、現象の原因を追究し、その原因についても「それは何故か?」を繰り返し追及します。
いわゆる「なぜなぜ5回」というやつですね。
上図の例では、品質問題が多発しているという問題の原因として、チェック体制以外に「設計者がシステムを完全に理解していない」、「過去の教訓が生かされていない」などを挙げています。
もしかするとこれら以外に原因はあるかもしれません。そして、問題の原因は企業ごとの事情によっても異なってくるのだと思います。
そして、例えば「設計者がシステムを完全に理解していない」ということが原因として考えられるなら、さらにその原因は何かと考えていきます。
例えば上図のように、「若手の育成が遅れている」、「ベテランの知識が共有されていない」などが考えられるかもしれません。
「それは何故ですか?」という質問をしつこく続けることで、原因を深く広く探っていきます。
2.その現象の結果はどうなるか?(その先は何が起きる?)
原因側を深堀することと並行して、結果側も深掘りしていきます。
つまり、原因を深掘りしたら、次に一つ一つの問題から、その先にどんな問題が起きるかを考えていくわけです。
「品質問題が多発している」という現象があるとすると、そこから次に起きることを挙げていきます。
例えば、「問題対応に時間が取られる」、「品質問題を残したまま発売せざるを得なくなる」、「品質確認に多くのリソースを必要とする」などが挙げられます。
そしてさらに、「問題対応に時間が取られる」ことから「日程遅れが発生する」、「開発コストが増大する」などが起こり、最終的には「収益が減少する」ということに繋がっていきます。
こうやって一つの問題から、原因側の連鎖を深く追求し、さらに結果側の連鎖も追及していくと、実は多くの組織問題・課題が一つの大きな構造で繋がっていくことがわかります。
TOC(制約の理論)では、これを現状ツリーと呼び、この現状ツリーを使った問題解決を進めていきます。
経験的に多くの場合、組織内で起きている問題は、ほぼすべてが何某かの因果関係で繋がっていると言えます。
この構造を図にしたもの(TOCにおける現状ツリー)を使って、上司を説得することが出来ます。
解決策の提案がトップの問題意識を解決することを証明する
問題の本質をロジカルに追及することで、上司に対しても問題の存在を構造として理解してもらえるようになります。
しかしながら、これだけでは”抵抗の6階層”の1番目を克服できるだけで、残りの5項目では依然として抵抗を受けてしまうことになります。
しかし、問題の構造化で使った因果関係によるロジカルな解析方法は、問題解決策の提案でも活用できます。
TOCの思考プロセスでは、現状ツリーで問題を構造化し、問題の本質を根本問題として捉え、その根本問題を解決するための解決策を見出していきます。
そして、解決策のアイデアが出されたら、その解決策がどのようなポジティブな連鎖(良い変化)を起こしていくかを、問題の構造化と同じようにロジカルに検証していきます。
これをTOCでは未来ツリーと呼びますが、解決策のアイデアから、まず最初に起きる良い状態はどんな状態かを考え、さらにその良いことが次にどんなことを引き起こしていくのか、という因果関係を辿っていくのです。(未来ツリーの作り方は、別記事「製品開発プロセス改革の設計図はTOCの未来ツリーを使ってPDCAを回す」参照)
下図は、未来ツリーのサンプルです。
図の下の方、薄緑色の下地のあるボックスが、提案したい解決策です。
5つの解決アイデアを実施することで、一歩ずつ良い変化が起こっていくことを矢印で示す因果関係で図にしています。
様々なポジティブな連鎖が起こっていきますが、ここで大事なことは、現場が課題として捉えていた「日程遅れが常態化している」という課題を解決することで、そこから更に変化が起こって、最終的に「収益が上がる」という上司あるいはトップレベルの課題解決に繋がっているということに注目していただきたいと思います。
つまり、提案する解決策は、現場レベルの課題解決になると同時に、上司の課題解決にも繋がることを説明できれば、”抵抗の6階層”の2~5までを乗り越えることができるというわけです。
そして”抵抗の6階層”最後の「未知のことへの不安」に関しては、提案の内容の良し悪しが重要であることは間違いありませんが、さらに、上司あるいは説得する相手がチャレンジをしようという勇気を持つか、あるいは保守的で現状維持に固執するか、その方の性格にも大きく依存するかもしれません。
あとは”熱意”を伝えるということでしょうか。
参考記事:「日産V-upから学ぶ製品開発革新の実践~トップと現場一体の組織改革システム」
まとめ
組織問題に対して何かを変えようということには大きなエネルギーが必要です。
2023年の宝塚歌劇団の事件に対するトップの考え方は、既存組織を守ろうとする意識が強く働き、歴史的な負の資産を新しい価値に置き換えることは難しいだろうと世間から大きな批判を受けています。
トップのこのような姿勢は、どんなに現場が頑張っても”変化”を起こそうとする想いにとって大きな障壁になり、そして実際に変革を止めてしまうかもしれません。
そういう意味で、改革を起こすときにトップの意向、トップの考え方、あるいはトップの支援というのは絶対に欠かせないことです。
この記事でお伝えしたかったことは、トップにも改革への想いがあってかつ現場から問題提起があったときに、トップの現場の問題意識のズレによって現場からの提案が受け入れられないことに対してどうやって対処するかということなのですが、そもそもトップが現状を変える気持ちがないという場合も往々にしてあるということは申し上げておきたいと思います。
TOCの”抵抗の6階層”でいうところの6番目の「未知のことへの不安」ということなのかもしれません。
しかしその場合も、現場から改革を起こすためにはトップを説得する以外、改革を実行に移す方法はありません。
トップを説得する、あるいは他人を説得する、ということは結局ロジカルに正しいことを理解しあうということなのだと考えます。
製品開発の世界、技術組織の世界でトップを説得し、改革を進めるためにロジカルな分析とトップへの提案方法をハンズオンでお伝えすることが出来ます。
詳しくは、
「連結式組織改革法」 – 製品開発組織を勝ち続ける組織に変える
を参照ください。
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